トイレで流すものには「腸(腹)」を働かせよう

トイレで流すものには

トイレで流すものには「腸(腹)」を働かせよう

前述したように、腹の調子が悪いときにトイレで出す際の「あれ」は、耳にするのも、目にするのも、出来れば避けたいところ。もっと嫌なのは、鼻にすることか・・・。 あるいは、そうした腸内の悪玉ガスを周囲に無意識に漏らしているような人もいて、周りの人の顔を妙にゆがめさせている。さしずめ、リーキーガス・シンドローム(屁漏れ症候群)といったところか。ともかく、悪玉菌によるヘドロ臭、ヘドロ様の腸内汚染、腸内腐敗といったら、まことにおぞましいかぎり・・・。

こういう話題自体、出来れば口にもしたくないし、活字にもしたくはない。しかし、ここで、あえて声を「大」にして、言いたいことがある。「どうして、平気でいられるのか ! ?」と。多くの人は、トイレで「あれ」を産み落とした後、目にしないうち、そして、鼻にしないうちに、さっさと水に流してしまうのに、その一方では、「同じもの」をお腹の中に溜め込んでいるのには、意外と平気でいられる、ということである。

ここで、腸内の世界を、ミクロの目で見てみることにしたい。すると、そこはまた、「一つの小宇宙」を形成していることがわかるのだ。その宇宙には、いろいろな物質が満ちている。また、いろいろな個性をもった、細菌という「立派な住人」もいるのだ。

一人の人間のお腹の中にいる「腸内細菌の数」が、この地球の人口よりもはるかに多いということは、最近ではよく知られるようになったが、その一つひとつを軽く見ないでほしい。一つひとつには、命があり、善玉にしろ、悪玉にしろ、自らの役割に応じて、一生懸命に生きているのだから。

さて、腸内宇宙という、この「ミクロの世界」では、先に述べたような強烈な悪臭と有害物質を含んだ「あれ」が、溜まりに溜まった状態に置かれることもある。これでは、「腸内宇宙」も、堪(たま)ったものではないだろう。

腐敗した世界で、乳酸菌をはじめとする発酵菌たちは、本領を発揮することはできない。常に、悪臭と毒物の害に苦しめられているような悲惨な状況だ。ほんとうは声を大にして、「なんとかしてくれ!」と、訴えたいのかもしれない。そこで、彼らを代弁して、あらためて声を大にして言いたいのだ。

「我々は、口に入れるものには、もっと知恵(頭)を働かせ、そして、トイレで流すものには、もっと腸(腹)を働かせよう!」と。

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